

2024年6月13〜15日、イタリアが議長を務めるG7サミット(主要7か国首脳会議)がイタリア・プーリアで開催されました。サミットでは、ロシアのウクライナ侵攻やイスラエルのガザ地区侵攻といった戦争が世界各地で続く中、ウクライナやガザ、インド太平洋、エネルギー・気候・環境、AI、軍縮・不拡散などを含む声明がとりまとめられました。2024年のG7サミットの気候変動に関する合意点について整理します。
ハイライト
2023年のCOP28(気候変動枠組条約第28回締約国会議)のグローバル・ストックテイクでは、気温上昇を1.5℃に抑える目標(1.5℃目標)と現状との間に大きなギャップがあることが改めて確認され、「化石燃料からの脱却」や「再生可能エネルギー3倍・エネルギー効率向上2倍」が合意されました。2024年のG7は、これらの合意を踏まえ、G7としてカーボンニュートラルの実現に向けて大きな一歩を踏み出し、世界の脱炭素化を牽引することができるかが注目されました。
気候変動やエネルギーに関する議題については、気候・エネルギー・環境大臣会合(4月)や財務大臣・中央銀行総裁会議(5月)で先立って交渉され、G7サミットでは、昨年同様、大臣会合の合意内容がそのまま引き継がれる形となり、首脳によるリーダーシップの発揮の場面はみられませんでした。結果的に、石炭火力のフェーズアウト(段階的廃止)の時期を定めるなどの一定の成果もありましたが、全体として、進展は限定的なものにとどまりました。
Ⅰ. 主な合意のポイント
1.気温上昇を1.5℃に抑えることを再確認し、1.5℃目標と整合的な野心的なNDC提出を約束
コミュニケは、昨年同様にパリ協定へのコミットメントを堅持し、世界の気温上昇を1.5℃に抑えることを「射程に入れ続ける」とし、今回、G7各国が1.5℃と整合的な野心的なNDC(国が決定する貢献:Nationally Determined Contributionの略)を国連に提出することを約束しました。削減の野心度については、昨年の広島サミットに続き、世界の温室効果ガス(GHG)排出量を2019年比で2030年までに約43%、2035年までに約60%削減するための取組に十分に貢献することは繰り返されたものの、G7として目指す削減目標水準などは示されず、全ての国、特に主要経済国を含めた「共同の取り組みであること」が強調されました。
2.既存の石炭火力発電のフェーズアウトの年限「2030年代前半」を明記
G7は今回、排出削減対策が講じられていない(unabated)既存の石炭火力発電について、「2030 年代前半」または「気温上昇を 1.5℃に抑えることを射程に入れ続けることと整合的なタイムラインで」、「各国のネットゼロの道筋に沿って」エネルギーシステムからフェーズアウト(段階的廃止)することに合意しました。「2030年代前半」という廃止年限が書き込まれたのは、今回のサミットが初めてです。コミュニケには「2030年前半」と併記される形で 1.5℃目標と整合的なタイムラインであることが記載され、各国のネットゼロの道筋に沿うことも書き添えられました。
3.COP28合意「再エネ3倍・エネルギー効率改善2倍」を歓迎。2030年までに、電力部門におけるエネルギー貯蔵1,500GWの世界目標達成にコミット
G7として、COP28で合意された「2030年までに再生可能エネルギー発電容量を世界全体で3倍に、エネルギー効率改善率を世界平均で 2 倍にする」ことを歓迎しました。しかし、それを受けてG7として再エネ・エネ効率向上に関する新たな目標を設定するといったことはありませんでした。他方、再エネの安定性を高めるために「2030年までに、既存の目標や政策を含めて、電力部門におけるエネルギー貯蔵1,500GWの世界目標を達成することにコミットする」とする新たな目標を盛り込みました。
4.石油・ガス等の化石燃料からの脱却や電力システムの脱炭素化の進展は図れず
一方、電力部門の脱炭素化については、2022年のG7サミットで合意されていた「2035年までに電力部門の完全(fully)または大宗(predominantly)の脱炭素化の達成」に関しては、2022年以降の合意を確認することにとどまりました。また、化石燃料からの世界全体のメタン排出量の75%削減に向けて努力するとし、非効率な化石燃料への補助金の2025年もしくはそれ以前のフェーズアウトも繰り返しましたが、化石燃料から脱却するために必須となる、石油やガスからの脱却には踏み込めませんでした。逆に、ロシア依存からのフェーズアウトを加速するという例外的な状況において「ガス部門への公的支援は一時的な対応として適切であり得る」と、昨年の広島サミットと同様の立場が維持されました。
5.気候資金の新規合同数値目標(NCQG)への貢献リードを強調
COP29では、気候変動に関する資金の2025年以降の新たな目標を定めることが期待されています。G7各国は、具体的なコミットメントには踏み込めませんでしたが、新規合同数値目標(New Collective Quantified Goal: NCQG) の設定に向けた貢献をリードする意思を強調しました。
Ⅱ. 合意の意義
- 気候変動枠組条約締約国会議の交渉は、2030年以降を見通す時期に入っており、締約国は、2025年2月を期限に、次期NDCを国連に提出することが求められています。各国が提出するNDCでは、2035年や2040年のGHG排出削減目標が設定されることになり、今後の1.5℃目標の実現を図る上では極めて重要なものとなります。今回のサミットでG7各国が、1.5℃目標と整合的な野心的なNDCを提出することを約束したことは重要です。
- GHG排出量が他の発電方法と比べて特に多い石炭火力発電については、昨年のG7ではフェーズアウト(段階的廃止)する方針は示されていたものの、廃止年限については、特に日本政府の強い反対もあって合意に至っていませんでした。今回のサミットでは、初めて「排出削減対策が講じられていない既存の石炭火力発電」について、「2030年前半」という廃止年限が書き込まれました。すでにG7のうち5カ国が2030年のフェーズアウトを決めている中では、この合意は、フェーズアウトの年限を明示していないアメリカと、一部の非効率発電所の削減(フェードアウト)を進めるのみでフェーズアウトの議論を全く始められていない日本が脱石炭を加速させるための合意だと言えます。
- その他においては、化石燃料からの脱却を具体化させるには乏しい内容となりました。電力部門の脱炭素化について2035年までに「完全」(fully)または「大宗」(predominantly)と併記された従来の表現にとどまったことや、ガス部門への公的支援について引き続き「一時的な対応として適切であり得る」と抜け道を残したことなどは、化石燃料のフェーズアウトの後退をもたらす恐れがあります。
- 水素やアンモニアの使用については、昨年の広島サミットと同様に、産業分野、特に排出削減が困難なセクターで推進することが触れられましたが、日本が進めているような、電力部門での利用を推進する合意は今回も図られず、日本の独自路線は全体の合意にはなりませんでした。
Ⅲ. G7を受けた日本の対応
2030年前半の既存の石炭火力発電の全廃
今回のG7のコミュニケにおいて、日本にとって最も影響が大きいのは、石炭火力発電に関する合意です。合意された「2030年代前半のフェーズアウト」は、現行の日本の政策方針と合致しないためです。政府は独自解釈により、現行方針の変更はないとしていますが、以下の理由から政府の解釈の合理性は見出しにくいと考えられます。
- 先進国の多くは、各種シナリオに基づき、1.5℃目標と整合的な目標として2030年のフェーズアウトにすでにコミットしています。1.5℃目標と現状とのギャップは大きく、今回の合意で「1.5℃目標と整合的なタイムライン」と併記されていることは、緩やかなフェーズアウトを意味せず、むしろ前倒しでのフェーズアウトが必要になると考えられます。
- 「排出削減対策が講じられていない(unabated)」の定義はコミュニケには明示されていませんが、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が、ライフサイクルを通じて90%以上GHG排出を回収する方法などを取っていないものが該当すると説明していることを踏まえると、高効率化やアンモニア混焼による1〜2割程度の削減がそれに該当するという解釈は難しく、実質的に、二酸化炭素回収貯留技術(CCS)が備えられている発電所のみが該当すると解釈されます。
- 合意に含まれる「各国のネットゼロの道筋に沿って」という文言は、1.5℃目標との整合を度外視したものとはなりません。
これらを踏まえると、今回の合意は、文字通りに「2030年前半の既存石炭火力発電所のフェーズアウトへのコミットメント」と解釈するのが妥当です。本合意を踏まえれば、政府は国内の石炭火力のフェーズアウトの検討を開始することが求められるでしょう。
野心的なNDCと再エネ・蓄電池の拡大
今回、GHG排出削減目標や、再エネ導入に関し、新たな数値目標の水準などへの合意はなく、首脳の強いリーダーシップが図られることありませんでした。しかし、1.5℃目標とのギャップを踏まえ、意欲的なNDCを設定すること、再エネ導入を加速すること、さらにバッテリーを含むエネルギー貯蔵量を増やすことへの明確なシグナルが発信されています。日本としても、本合意を踏まえ、2024年度の政策決定プロセスを経て、意欲的なNDCを策定することが求められます。
執筆: 平田仁子・川口敦子