

1. はじめに:排出枠の割当ての重要性
日本の排出量取引制度(GX-ETS)は、自主的な第1フェーズを経て、2026年4月から対象企業に参加を義務付ける第2フェーズに入りました。対象となる300–400社の企業には、二酸化炭素(CO₂)の排出量算定と目標設定、および初回の「移行計画」の提出が9月30日までに求められています。GX-ETSが本格運用されれば、企業のカーボンニュートラルと国の温室効果ガス(GHG)排出削減目標の達成を支える、日本の主要な政策手段の一つになると見込まれます(詳細は、2026年3月公表レポート「GX-ETS(日本版排出量取引制度)とは?」を参照)。
GX-ETS第2フェーズでは、毎年、政府から対象企業に排出枠が割り当てられます。EU-ETSなど諸外国の排出量取引制度では、排出枠の一部が有償で割り当てられ、企業に支払い義務がある場合もあります。一方、GX-ETS第2フェーズでは、排出枠は無償で割り当てられます。割当量は、対象企業のCO₂排出削減の規模とペースを決定づけるため、排出枠の割当てはGX-ETSの信頼性と実効性の鍵を握ります。
本インサイトでは、国内におけるCO₂排出量が最も多い発電部門と鉄鋼部門を対象に、公開情報*を用いてベンチマーク方式に基づく排出枠の割当量の推計を試み、その限界を示すとともに、透明性向上の必要性を明らかにします。
*公開情報とは、主に統合報告書、サステナビリティレポート、公表されている企業データなどの企業開示情報、および政府統計や電力統計を指します。
2. ベンチマーク方式に基づく割当てに必要な情報
ベンチマーク方式に基づく企業の排出枠の割当量は、以下の項目をもとに算定されます。
- ベンチマーク(BM)指標と対象活動
- 活動量
- ベンチマーク水準または排出原単位水準
- 活動範囲に対応するCO₂排出量(以下、排出量)
それぞれに該当するデータは、業種や工程によって異なります。発電部門に必要な活動データは、燃料種別の火力発電電力量です。一方、鉄鋼部門では、銑鉄生産量、粗鋼生産量や燃料使用量など、必要なデータが工程別に定められています。
発電部門と鉄鋼部門における排出枠割当量の算定方法は表1の通りです。

出典の詳細はこちら
経済産業省「ベンチマーク方式による排出目標量の算定方法マニュアル」をもとにClimate Integrate作成
第3節・第4節では、発電部門と鉄鋼部門のそれぞれについて、特定の企業を対象に、該当するベンチマークを適用し、公開情報から割当量の推計がどの程度可能かを検証します。
3. 発電部門のケース:JERA・J-POWER
発電部門におけるベンチマーク方式の割当量の算定では、燃料種別の火力発電電力量が活動量として用いられます。
日本最大の火力発電会社であるJERAの場合は、国内の燃料種別発電電力量と国内排出量が開示されており、割当量を算定する上で必要な情報を概算することができます。ただし、開示されている国内発電データが排出枠の割当て対象となる火力発電と一致しているかは、公開情報からは明らかではありません。また、燃料種別の排出量も入手できません。
国内第2位の火力発電会社であるJ-POWERの場合は、非化石電源を含む国内発電電力量が集計値として公開されていますが、ベンチマークには対応していません。そのため、対象となる石炭火力発電電力量を抽出するには、公表されている発電統計と照合した上で、推計する必要があります。また、国内排出量が開示されていますが、ベンチマークに対応する排出量は入手できません。
2つのケースから、発電部門では有用な情報が公開されている一方で、排出枠の割当量の算定に用いられる正確な活動範囲や燃料種別の排出量など、ベンチマークに対応する一部の詳細情報が不足しています。(表2)
4. 鉄鋼部門のケース:日本製鉄・JFEスチール
鉄鋼部門におけるベンチマーク方式の割当量の算定には、工程別のデータが必要となります。高炉による製鉄の上工程では銑鉄生産量、下工程では副生燃料を除く燃料使用量が用いられます。また、電炉による製鋼の上工程では粗鋼生産量と直接・間接排出量の内訳、下工程では燃料使用量が求められます。鉄鋼部門全体において、算定に用いられるデータは、各ベンチマークの対象活動に対応している必要があります。
日本製鉄は、生産量や排出量に関する有用な情報を一部提供していますが、必要な形式に近いデータは高炉上工程の銑鉄生産量の1項目のみです。ただし、この銑鉄生産量の対象範囲がベンチマークの対象活動と一致しているかは明らかではありません。下工程の副生燃料を除く燃料使用量や、各鉄鋼ベンチマークに対応する排出量など、その他の必要なデータは、ベンチマークに必要な形では開示されていません。
JFEスチールは、ベンチマークの一部について概算できる粗鋼データやエネルギー関連データを公表していますが、高炉上工程の銑鉄生産量は明らかではありません。そのため、粗鋼生産量から単位当たりの銑鉄投入量を仮定して、銑鉄生産量を推計する必要があります。高炉下工程については、開示されているエネルギーデータからエネルギー使用量の大まかな規模は把握できますが、下工程の副生燃料を除く燃料使用量は明らかではありません。電炉についても、必要な活動量と排出量はベンチマークに対応する形では開示されていません。
これらのことから、鉄鋼部門では、企業の公開情報を用いて割当量の部分的な概算はできるものの、企業全体の生産量、エネルギーデータ、排出量が、ベンチマークと必ずしも整合していないことが分かります。また、算定に必要な下工程の副生燃料を除く燃料使用量や、各鉄鋼ベンチマークに対応する排出量などは入手が難しい状況です。JFEスチールについては、高炉上工程ベンチマークに必要な銑鉄生産量も公開されていません。(表2)
5. 情報開示の重要性
表2は、発電部門と鉄鋼部門のケースから、ベンチマーク方式の割当量の算定に必要な情報の公開状況と不足している情報を示しています。

出典の詳細はこちら
JERAグループ統合報告書2025(p.94, 96)、J-POWERグループ統合報告書2025(p.111, 120–121)、電力調査統計、日本製鉄統合報告書2025(p.49)、日本製鉄2025年3月期 決算短信〔IFRS〕(連結)(p.25) 、JFEグループ統合報告書2025(p.93–94, 97)
以上の通り、本インサイトの対象とした企業については、現在の公開情報からベンチマークに基づく割当量を算定することができません。そのため、追加的な開示がなければ、割当ての根拠を確認し、CO₂排出削減に十分なインセンティブをもたらす水準であるかを第三者が把握し評価することは困難です。表3に、割当ての算定・評価のために公開が求められる情報をまとめています。

なお、GX推進法(脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律)および主務省令に基づく規定では、対象企業の「移行計画」の一部が公表されることとされています(GX推進法第73条第2項, 主務省令第4条)。一方、割当量については、政府から対象企業に通知されますが、一般に公表する旨の規定は設けられていません(同法第34条第1項)。
おわりに:透明性を確保し、信頼性を高める
ベンチマークに基づく排出枠の割当ては、GX-ETSを効果的な制度として運用する上での重要な要素です。本インサイトで検証した発電部門と鉄鋼部門のケースは、現在の公開情報が有用なデータの一部となる一方で、ベンチマークに対応するデータは大きく不足していることを示しています。
ベンチマークに基づく割当てが、CO₂排出削減を促す仕組みとして機能しているかを検証するには、割当量や検証済み排出量、ベンチマークに対応する各種データの公表が欠かせません。企業が提出する移行計画および政府が決定し通知する排出枠の割当量において、その算定方法が根拠とともに公開されることにより、排出枠の割当て水準や企業の排出実績との関係について第三者が評価することが可能になります。
GX-ETSが本格運用に入るにあたり、政策立案者や監督主体、さらには投資家や市民団体などのステークホルダーが、割当量や検証済み排出量を分析し、制度の履行状況を追跡できることは重要です。高い透明性を確保することは、GX-ETSが、企業のCO₂排出削減インセンティブを高める信頼性のある政策手段として機能することに寄与し、日本のNDC(GHG排出削減目標)達成における重要施策として位置付けられることにも貢献します。