カテゴリー
Latest

2023年の気候変動をめぐる
10のハイライト

2023年は気候変動にとってどんな年か

2022年を振り返って

2022年2月にロシアがウクライナを侵攻してから1年余。長く続く戦争は、世界を大きく揺るがし、軍事防衛費の増加、エネルギー・食糧危機などを招いてきました。ロシア以外の国々の化石燃料開発や輸出入の拡大、エネルギー高騰への対応としての化石燃料への多額の補助金など、気候変動対策と逆効果の動きに拍車をかけてしまいました。一方、欧州を中心に、コスト・安全保障の両面から再生可能エネルギーへの移行を加速させている国もあります。

2021〜2022年に公表されたIPCC第6次報告書は、このままでは甚大な悪影響は避けられず、地球の平均気温上昇を1.5℃に抑制するためには2030年までに世界全体で43%の温室効果ガスの削減が求められることを明らかにしました。実際に2022年には、パキスタンの大洪水やアフリカ諸国の干ばつなど、グリーンランドの氷の加速度的な融解などが起こり、気候変動の影響の激甚化を目の当たりにする年でした。

しかし各国の行動はなおも伴っていません。世界のCO2排出量は、コロナ禍からの回復によって再び増加へと転じ、2022年のエネルギー起源の世界のCO2排出量は過去最高を記録しました。目標と現状とのギャップは広がるばかりです。

11月のCOP27シャルム・エル・シェイク会議(気候変動枠組条約第27回締約国会議)では、気温上昇を1.5℃に抑制する目標は再確認したものの、行動強化を求める合意には至りませんでした。一方、途上国における気候変動の影響がもたらす「損失と被害」への支援のための基金の創設に合意しました。

日本では、エネルギー危機下において気候変動政策の強化の機運がさらに低下したことは否めません。一方、GX(グリーントランスフォーメーション)という新たな動きが生まれ、革新的技術に対する財政支出の方向付けがなされようとしています。

2023年の展望

1.5℃の気温上昇に止めることの可能性は年々狭められています。2023年は、各国がより高い緊急性をもって目標や政策を強化し、排出ギャップを埋める対策を実施する動きを加速させる必要があります。

特に日本は2023年のG7議長国であり、先進国グループを取りまとめ、G20、COP28とつなぎ、本年の世界の気候変動の動きを牽引することが求められています。

国内では、法案制定を含めGX関連の動きが早く進んでおり、実現可能性が見込めない革新的技術(アンモニアや水素混焼、CCUS、原発更新など)への依存を高めたり、不十分なカーボンプライシングの枠組みを固めてしまう懸念があります。再生可能エネルギーの拡大を軸にエネルギー転換を着実に進める道筋を確保することが重要です。地方統一選挙を通じて、新しいリーダーや議員が生まれ、地域におけるゼロカーボンを活発に推進することが期待されます。企業においては、スコープ3を含む短期・中期の取り組み強化や情報開示、6月の株主総会シーズンに向けたエンゲージメントを通じ、1.5℃との整合性を図った移行計画を策定していくことがより厳しく問われます。

ハイライト概要

解説

1. 国会審議:GX推進法案ほか(〜6月)

2023年の通常国会では、GX推進法案と、エネルギー関連束ね法案が提出されています。いずれもこれからの日本の脱炭素の実現に大きな影響を与える法案です。

GX推進法案脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律案)は、政府が、グリーントランスフォーメーション(GX)の実現のために、官民の投資を確保するために提案したもので、①GX戦略の策定、②GX経済移行債の発行、③カーボンプライシング導入、④GX推進機構設立、⑤評価と見直し、の5本柱の構成です。先立って2月に決定された「GX実現に向けた基本方針」では、省エネ・再エネ・原子力・その他(水素・アンモニア・LNG確保・蓄電池・リサイクル燃料等)などを取組に挙げていますが、この法案によるカーボンニュートラルの実現への道筋もCO2削減効果は示されていません。また、ここには原子力発電や火力発電を維持しながらイノベーションでCO2を減らす構想が色濃く盛り込まれており、既存のエネルギー産業への巨額の補助金提供の仕組みになるため、原発や石炭火力のフェーズアウトをより困難にする可能性もあります。法案では、原発や火力を含む領域への革新的技術への投資のための経済移行債を発行し、その償還のための財源としてカーボンプライシングを導入することを定めていますが、その導入が2028年に付加金、2033年度に発電事業者へのオークション導入と大変遅いため、脱炭素に必要な炭素価格の導入を妨げてしまうことにもなりかねません。これからの重要な10年の取り組む方向性を歪めたまま固めてしまう恐れもあります。

エネルギー関連束ね法案脱炭素社会の実現に向けた電気供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律案)は、GX推進法案と同様、「GX実現に向けた基本方針」に基づくもので、既存法五本(原子力基本法、電気事業法、原子炉等規制法(炉規法)、再処理等拠出金法、再生可能エネルギー特別措置法)を束ねて改正するものです。改正法案を束ねて提出しまとめて審議する方法は経済産業省が折々行う方法ですが、論点が多くなり、1つ1つを丁寧に審議することが難しく、提出されたままに成立することがほとんどです。この束ね法案には、福島原子力発電所事故以降の原子力発電の依存低減方針を大きく改め、原発の運転期間をこれまでの「原則40年、最長60年」の上限規定を撤廃し、さらにこれを、原子力規制委員会が所管する炉規法から、原発を推進する立場の経済産業省所管の電気事業法に新たに定めることとしており、原発政策の大転換を含んでいます。基本方針に対するパブリックコメントのほとんどはこの原発方針転換に反対するものでしたが、法案は、国民的な議論をほとんど経ずに岸田政権のトップダウンで決定されました。日本のこれからのエネルギー政策に重大な問題を含んでいます。

2. IPCC第6次評価報告書・統合報告書(3月)

「気候変動に関する政府間パネル」の第6次評価報告書の統合報告書が3月に発表されました。これは、2021年8月〜2022年9月にすでに発表された第1〜3作業部会の報告書のうち重要な情報を85ページに統合したものです。さらにサマリーは35ページにまとめられ、わかりやすい図版なども加えられています。ここでは、1.5℃に気温上昇を抑制するためには、世界全体のCO2排出量を2019年と比べて2030年に48%、2035年に65%、2040年に80%、2050年に99%の削減を実現する必要があることがまとめられています。

3. 統一地方選挙(4月)

4月9〜23日に、統一地方選挙が行われます。全国の地方選挙(知事選挙、市区町村長選挙、議会議員選挙)は、法律に基づき、4年に1度、日程を統一して行われます。統一地方選挙の前半は、道府県と政令指定都市の首長・議会議員選挙(4月9日)、後半は、政令市以外の市区町村の首長・議会議員の選挙(4月23日)に予定されています。どのような知事、市区町村長、議会議員が選出されるかは、各地域において脱炭素の取り組みを推進する上で重要です。一人ひとりの有権者が選挙を通じて行動できる重要な機会です。

4. G7気候変動・エネルギー・環境大臣会合・札幌(4月15〜16日)

今年の主要国首脳会議(G7サミット)は、日本が議長国です。5月のサミットを中心に、各大臣会合が年間を通じて開催されますが、中でも気候変動に最も関連が深いのが、札幌で開催される気候変動・エネルギー・環境大臣会合です。昨年のドイツのG7サミットの合意を後退させることなく、化石燃料依存の段階的廃止、ガソリン車(内燃エンジン)の廃止、石炭火力の段階的廃止、2035年の電力部門の脱炭素化などにおいて、より積極的な合意が図れるのかが注目されますが、これらのテーマについては日本が最も消極的でもあるため、会議の行方は予断を許しません。それ以外にも、生物多様性や海洋、資金システム改革など幅広く議論される予定です。本大臣会合の成果は、5月のサミットの成功を占う試金石になります。

5. G7広島サミット(5月19〜21日)

G7サミットの開催地は、岸田首相の地元の広島です。岸田首相としては、ここで、核のない世界をPRするねらいがあると考えられますが、ロシア侵攻以降の世界情勢の中で、核不拡散条約にも参加しない日本のリーダーシップには疑問符も投げかけられています。気候変動は、他の主要国が重視するテーマです。IPCC報告書が示す緊急性に答えるために先進諸国として強いコミットメントと行動強化を約束し、続くG20やCOP28に向けた道筋をつけることが期待されますが、日本は、GX(グリーントランスフォーメーション)の独自の概念をPRすることに力点がある一方、化石燃料からの脱却を加速させる論点についての消極性が際立っています。消極姿勢を最後まで貫こうとすれば、日本は議長国でありながらG7広島サミットで孤立する可能性もあります。真のリーダーシップを発揮するためには、エネルギー分野で明確なコミットメントを含む合意を牽引することが求められるでしょう。

6. 株主総会シーズン(6月頃)

日本の主たる企業の株主総会は毎年6月前後に開催されます。企業の経営方針の策定から株主総会で議決権が行使される3〜6月頃は、株主や機関投資家にとって重要なエンゲージメントの期間です。企業・金融機関・投資家は、それぞれにパリ協定の1.5℃目標と整合した経営や事業を行うために、2050年ネットゼロ目標に向けて、スコープ1、2にとどまらずスコープ3も含めた短期・中期の移行計画を策定し、開示することが求められています。また、ネットゼロ宣言の信頼性を向上させるために、国連の委員会や官民のタスクフォースなどで、1.5℃と整合的なセクター別のベンチマークや基準などが設定されています。また、国連のハイレベル委員会では、2030年までオフセットを利用しないことや、2030年に石炭火力をフェーズアウトをすることなどの、グリーンウォッシュの蔓延を放置しないための提言も含まれています。

7. 臨時国会審議(10月頃)

 通常、臨時国会は日程も短く、法案審議の時間が十分に確保されないことが多いため、法案の提出は、2024年の通常国会以降となる可能性も大きいですが、現在、気候変動・エネルギー関連で法整備が検討されているものには、CO2を回収し地中に貯留する技術(CCS)の事業化のための法案(仮称:CCS事業化法)、EEZ(排他的経済水域)内に洋上風力発電を施設できるようにするための法案の整備などが挙げられています。 CCS事業法案(仮称)は、3月の「CCS長期ロードマップ検討会最終とりまとめ」で、2050 年に1.2 ~2.4 億トンのCO2貯留量(日本全体の排出量の9-18%程度)を目安に、CCSの事業化を支援する法制として提案され、CCS事業法のあり方が詳細に検討されています。しかしCCSについては、実現可能性の不確実性、高コスト、特に日本では安定した貯留地の確保の課題、エネルギー収支、貯留CO2の漏洩管理等、課題が多く、2050年のカーボンニュートラルの選択肢にはなり得ないという分析も多くあり、CCSありきで進められることには課題があります。

一方、洋上風力発電については、日本は世界有数のポテンシャルを有する国であり、イギリスやデンマーク、中国、アメリカなどで急速に導入拡大が進められ、今後のコスト低下も見込まれる、確実に普及が見込める技術です。EEZ内での利用を拡大することにより日本でもより大規模な導入拡大が見込める領域になると考えられます。

8. G20インドサミット(9月9〜10日)

2023年のG20サミットは、議長国インドの主催により、ニューデリーにて9月9〜10日に開催されます。モディ首相は、G20サミット主催を政治的な重要イベントとして重視しており、年内を通じて多数のイベントが国内で開催されています。グリーン成長と開発に重点を置くインドが、中国やサウジアラビアなども参加する会議において、ガスや石炭を含む化石燃料の削減に大きく踏み込むことは難しい側面は否めませんが、再エネ拡大、グリーン水素、気候資金などについての前進にも期待がされています。

9. 国連総会・気候ウィーク(9月17〜24日)

2023年の国連総会は、9月19日にアメリカのニューヨークで開催されます。また9月19、20日には国連のSDGサミットも予定されています。国連事務総長は、このタイミングに合わせて、気候野心サミットの主催すると発表しており、各国首脳には気候変動の加速への強いコミットメントを表明することを求めていくと考えられます。さらに、毎年この時期にニューヨークで開催される気候ウィークは、9月17〜24日に予定されています。気候変動に意欲的な企業グループ「Climate Group」などの主導により民間アクターが多数参加し、さまざまな意欲的な取り組みが紹介され、脱炭素への行動強化の機運の向上が図られます。COP(気候変動枠組条約締約国会議)の約2、3ヶ月前のこのタイミングでのこの一連の会合は、COPの成功につなげる上で政治的に重要な機会と位置付けられます。

10. COP28 ドバイ会議(11月30〜12月12日)

COP28(気候変動枠組条約第28締約国会議)は、11月30〜12月12日に、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイ首長国の首都、ドバイで開催されます。COP28は、グローバルストックテイクと呼ばれるこれまでの取り組みの進捗を確認する年です。ここで、1.5℃の気温上昇抑制の道を閉ざさないために、一層の緊急性を持って温室効果ガスの大幅で急速な削減を各国が約束し、行動に移すための緩和に関する目標強化と計画、より意欲的な資金提供を約束することが重要です。また昨年合意された「損失と被害」の基金の速やかな運用に向けた合意形成も重要です。

世界有数の石油産出国である議長国のUAEは、COP28議長にアブダビ国営石油会社(ADNOC)最高経営責任者(CEO)でもあるスルタン・ジャベル産業・先端技術相兼を任命しており、化石燃料会社トップが気候交渉の議長に就くことに国際社会から批判があがっています。ジャベル氏は「エネルギー転換は産業革命以来の最大のチャンスだ」と述べて、エネルギー転換から逃げていないと反論していますが、会議の采配への懸念は拭いきれていません。気候危機を回避するためには、世界の国々の総力をあげた合意形成が求められます。