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窒素循環にみるアンモニアの利用拡大の問題

日本では、燃料アンモニアを火力発電に利用する計画が積極的に進められています。ここではアンモニア製造に不可欠な「窒素」に注目し、アンモニアの大量利用が、自然の窒素循環に与える影響についてまとめます。

 

自然の窒素循環

 アンモニア(NH3)は、窒素と水素の化合物です。窒素は地球の大気の78%を占めており、生物に欠かせないタンパク質を構成する元素で、大気中では極めて安定した窒素分子(N2)の形で存在しています。酸素と違って生物が窒素を利用することは難しいのですが、生態系の中には、大気中の窒素を固定し水素や炭素と化合させる機能を持つ微生物などが存在します。よく知られているのが、豆科の植物の根に共生する根粒菌(こんりゅうきん)です。生物が利用できる形に窒素を固定してくれるため、畑では作物の生育のために古くから豆類が一緒に植えられてきました。

微生物によって固定された窒素は、アンモニウムイオンや硝酸イオンの形態で植物に取り込まれ、アミノ酸やタンパク質となります。動物は、これを摂食することによってのみ、自らの体を構成する窒素分を取り込むことができます。植物や動物が死ぬと、体内にあった窒素は再び微生物の働きによって分解され、無機の窒素に還元され、大気にN2の形で放出されます。これが地球上の生態系を維持する上で、非常に重要な窒素循環です。

生態系の中で微生物などによって大気中から固定化される窒素の量と、窒素が気体状のN2に再び還元されて大気中に戻される量は、ほぼ均衡しています。このため、大気中のN2濃度も、地球上の窒素の量も長期間にわたって安定していました。

窒素からアンモニアを作る技術「ハーバー・ボッシュ法」の誕生

アンモニアを作る反応自体はN2+3H2→2NH3と簡単ですが、これを効率よく進めるのは非常に困難で、チリの硝石などを原料にするしか方法がありませんでした。ところが、フリッツ・ハーバーとカール・ボッシュというドイツの2人の化学者が、大気中の窒素を人為的に固定して窒素肥料などに利用できる技術を開発し、状況が激変しました。ハーバーは1909年、175気圧、550度という高温高圧の環境下で特殊な触媒を使い、人工的に大気中の窒素からアンモニアを合成する手法を開発しました。さらにドイツの化学会社BASFのボッシュが、触媒の改良などによってハーバーの原理の商業化に成功し、1913年には大量のアンモニア製造工場が誕生しました。これが今日まで100年以上続く、ハーバー・ボッシュ法と呼ばれるアンモニア製造技術です。

この技術によって、農業生産は画期的に向上しました。当時、水素は石炭を改質して得ていたため「空気からパンを作る方法だ」と呼ばれました。ハーバーは1918年に、ボッシュは1931年に、ノーベル化学賞を受賞しました。

大きくかき乱れる窒素循環

こうして100年以上にわたって大気中の窒素を大量に固定して、肥料や工業的なアンモニアの形で供給し続け、さらにもう一つの問題として、炭素だけでなく窒素も含む化石燃料を150年以上にわたり大量に燃やし続けて窒素酸化物を大気中に放出し続けたことにより、窒素循環は大きくかき乱されるようになりました。

 生物自身による窒素固定量はおよそ年間5400万トンですが、人類による工業的窒素固定は推定年間3000万トンもあります。これに燃焼などを加えると、人類が環境中に排出している窒素の量は年間総計で約1億700万トンと、自然由来の窒素固定量をはるかに上回っています。

さまざまな環境影響

人間が自然界の窒素循環に介入したことにより多くの環境問題が引き起こされています。

大気汚染・酸性雨・光化学スモッグ

化石燃料の燃焼から出る窒素酸化物(NOx)は、「大気汚染」を引き起こします。NOxは、大気中で雲粒などに取り込まれて化学反応を繰り返し、強い酸性の雨や乾いた粒子状物質として降下する「酸性雨」の原因物質でもあります。また、炭化水素とともに太陽の紫外線のエネルギーによる光化学反応を起こし、オゾンに代表される光化学オキシダントを生成します。これは「光化学スモッグ」の原因物質です。

日本国内のNOxの排出量は近年減少傾向にあり、ピークの2005年の半分程度になっていますが、2020年度の常時監視測定結果によると、光化学オキシダントの環境基準達成率は、一般の測定局で0.2%、自動車排出ガス測定局(自排局)で0%と、ほとんど達成できていません。

海洋の富栄養化

大量の窒素化合物が河川や海洋などの水環境に引き起こす環境問題も深刻です。瀬戸内海や東京湾のような閉鎖性海域に大量の窒素やリンが大量に流れ込むと、それを栄養分として利用する植物プランクトンが急速に増え、「富栄養化」を引き起こします。茨城県・霞ヶ浦のアオコの大量発生はその典型例です。アオコなどが異常増殖すると、水中の酸素を大量に消費し、魚などが死滅してしまいます。河川や湖沼の水を水道水などとして利用している場合には取水ができなくなったり、異臭味が発生したりします。

2011年に米国の環境シンクタンク世界資源研究所(WRI)とバージニア海洋科学研究所(VIMS)は、生物が住めなくなるデッドゾーン(死の海域)530カ所と、富栄養化が深刻な海228カ所をマップで公開しました。これらの海域面積は、ニュージーランドの面積に匹敵する合計24・3万平方キロに上ります。世界のデッドゾーンの面積は1950年から4倍になったと報告されています。

地下水汚染

窒素が地下水に入ると別の問題も引き起こします。農地などで使用された窒素の一部は硝酸となり、地下に浸透し、硝酸性窒素となります。硝酸性窒素の一種である亜硝酸性窒素は、血球のヘモグロビンを酸化してメトヘモグロビンに変化させます。メトヘモグビンは酸素と結合できないため血液中の酸素が少なくなり、酸素が欠乏する「メトヘモグロビン血症」を引き起こします。硝酸汚染された地下水を飲むと、乳児などがこの病気を引き起こすため、水道水質基準が設定されています。
1960年代、岐阜県各務原市で周辺の農地で大量に使われた窒素肥料が主な原因で地下水の硝酸性窒素汚染が発覚し、水道水質基準を大幅に超える水準で汚染が検出されました。この地では施肥手法の改善などによって軽減されつつありますが、環境省の2017年度の地下水質の概況調査の結果では、硝酸性窒素及び亜硝酸性窒素の環境基準超過率が2.8%とこれまでで最も高くなっています。環境基準を超過する井戸の数は1999年以降急激に増え、地下水汚染に改善が見られません。

科学者からの警告

 このように大気、淡水系、海洋にさまざまな悪影響をもたらす窒素の大量使用について、2001〜05年の国連主導の国際科学プロジェクト「ミレニアム生態系アセスメント(MEA)」では、肥料などの窒素やリン酸化合物の陸地生態系への供給が1960年に比べて2倍になっており、過剰に蓄積された窒素が生物多様性に重大な影響を与えると危険性を指摘しています。

 2009年にストックホルム・レジリエンス・センターの環境学者ヨハン・ロックストロームと、オーストラリア国立大学の化学者ウィル・ステフェンを中心とする科学者のグループが提唱した「プラネタリーバウンダリー」に関する研究では、9つの分野の生態系の限界のうち、窒素汚染が最も突出しています。彼らは「人間の活動は、地球のすべての陸上プロセスを合わせたよりも多くの大気中の窒素を反応性の形態に変えており、この反応性窒素の多くは、作物に取り込まれずにさまざまな形で大気中に放出される。雨で洗い流されると、水路や沿岸地帯を汚染し、地上の生物圏に蓄積される」と指摘しています。

火力発電への燃料アンモニア利用

火力発電へのアンモニア利用については、そもそも化石燃料を改質して水素を使用しているためにCO2の排出削減に貢献しないことや、高温高圧状態を作り出す必要があるハーバー・ボッシュ法の拡大がエネルギー消費の増大につながる問題などが指摘されています。

また、たとえ技術革新があったにせよ、大気中の窒素を人為的に固定してアンモニアを作る限り、火力発電の代替燃料としてのアンモニアの利用は、人類による窒素循環のかく乱という問題からは無縁ではなく、むしろただでさえ大きくバランスが崩れている窒素循環にさらに介入し、陸域や水系への負荷を増やすことになります。

さらに、火力発電でアンモニアを燃焼させた場合には、NOx排出問題の大きさも無視できません。アンモニアは炭素Cを含まないため、燃焼時はカーボンフリーですが、多くのNOxを排出し、強力な温室効果ガスである一酸化二窒素(N2O)ができることもあります。

酸素が少ない場合:NH3 + 2O2 → HNO3 + H2O 

酸素が多い場合: 4NH3 + 5O2 →4NO +6H2O

NOxが原因の大気汚染を防ぐためには、強力な脱硝装置などが必要になります。電力中央研究所の研究開発では、約20%の混焼率ならNOxは大きな問題にはならないとしていますが、混焼率が増えていった時の問題は全く未解決です。経済産業省のホームページでも、「これまでの実証試験では、アンモニアを20%混焼しても、排気中のNOx値を石炭だけを燃やした専焼の場合と同じ程度に保てることが示されています。ただし、これまでの試験炉は小規模なものだったため、実用化するには規模を拡大し、実際の設備を活用した実証試験が必要」と課題を認めています。

以上のように、窒素を人為的に固定させアンモニアの利用を拡大していくことにはさまざまな深刻な課題があります。現在、政府は燃料アンモニア利用を推し進めており、世界のアンモニア需要を現在の2億トンから2050年に7億6千万トンと4倍近くまで増えるという見通しを立てています。しかし、既に自然の許容力を超えている窒素の生態系への負荷を急速に減らす必要がある中で、逆に窒素問題を大きく深刻化させてしまいかねません。

アンモニア利用方針については、過去100年以上にわたって窒素循環を人類が大きくかく乱してきたという事実や生態学的視点への配慮、長期的な持続可能性や地球環境問題への総合的な視点を踏まえて、見直される必要があります。

執筆:井田徹治(共同通信)
図版:櫻田潤(Visualthinking)・佐々木康之